消費者側も過去を知るのはある意味重要

おそらく前回の続き

やはりはてなブックマークのコメントから考えてしまうことなんですが、「印刷会社が印刷用最終原盤を持っている」ことは、ある意味歴史として当然のことなので、それに対しておかしいおかしい言うのはお門違いですよ、というお話をしてみたいと思います。



明らかに叩かれネタです。Mな人ですかそうですか。個人的には犬派なんですけれども。

どういうことかというと「印刷したい人がきれいな印刷をするためには、印刷会社の設備を使って印刷用のハンコを作るのが当たり前だった」というお話。



活版(活字)時代は、出版したい人(出版社なり著作者なり)が直接印字できたわけではなかったわけで。
いってしまえば印刷会社に「きれいにたくさん印刷してくれー」と依頼して、はじめて印刷ができた。だって活字を置く場所も、そして製造から維持管理までをするには場所と人材が欠かせなかったから。すべての出版社にそれをやれ、というのは無理。

それは写植(手動写植機)時代も同じ。出版社に機械を入れることができなくはなかったけれども、やはり設備投資との兼ね合いで、写植印字機の大半は印刷会社、または写植専業業者しか持っていなかった。となると、やはり「きれいにたくさん印刷してくれー」と持っている先に依頼しないと美しい文字を印字することはできなかった。出版社(権利者)が持つのは、手書きの原稿だけでしかない(ワープロ普及でテキスト入力がそちらに移っても、そのデータの利用可否は別なので、変わりなし)。

そして写植の後は電算写植時代。機械まるごと入れるのに数千万とか億単位とかになってしまうようなそんな時代。いまとどれだけ桁が違うんだというそんな世界。その設備投資と維持ができるのは、やはり印刷会社しかできなかった時代。大手出版社だったらできたかもしれないけれども、ある意味設備投資をするだけの意味がないし、いままでの流れからして「美しい文字を綺麗にならべて出すこと」は印刷会社およびその周辺におまかせする風潮だった。ノウハウまで含めて。



一時期「アウトソーシング」という言葉がはやりました。今でももちろんありです。
ある意味後付ではあるものの、印刷においては、過去よりそれは「あたりまえのこと」でもあったわけです。



そして電算写植からDTPが主流になったのは、だいたい2000年頃、かな。DTP創世が1985年ですが、日本語DTPとしての創世は1989年末頃、事実上1990年代に入ってからですが、主流になるにはもう少しかかった。となるとシステムの主役交替としてはだいたい2000年前後になるはず(もっとも2000年くらいが手動写植併用時代の終焉あたりになって、電算写植との事実上の交替は2002~2003年くらいかも)。



となったとき「印刷会社に最終データがあるのはおかしいだろ」というのは、むしろその主張自体がおかしいと捉えることもできてしまう。それが国内事情なわけなので。そもそも米国と比べたって仕方ない。ついでに、その事情をamazonは知っていたのだろうか?
また、そのようなアウトソーシング当たり前な環境にべったりだった出版社的には、今現在の周辺事情や環境があってこそ「おかしい、これでいいんだろうか」と思うことはさておき、それまでは誤りのない慣習でもあったため、疑念を抱く必要時代がない。疑念自体がありえない。あるわけがない。だってそれが常識だったのだから。



よって、それら前提については知っておかないといけない。「デジタル時代になって何年だよ、すぐ変えられるだろ」といえば確かにそれまで。しかし、事業・業務として考えた場合、すぐ変えるのはリスクを負うことになる。いままで安定してそれで問題なかったんだから、自社が敢えてリスクを追う理由も意味もないのもまた事実なわけで。もし負ってもいいというところがあるならば、それはその会社や人が将来的なビジョンがはっきり見えているはず。もしくはヤマ師かペテン師か。単純に博打好きなのかもしれない。少なくとも真ん中はないだろう。

もっとも、新商売や他が一切やらないことをやるというのは、博打以外の何者でもない。将来的ビジョンがあっても、興味を示す人々がいてはじめて成り立つことであって、始めた段階ではそれが成功するかどうかは二の次になってしまう可能性があるのだから。



いずれにしても、そのあたりはきちんと事情を知らないことには把握できないこと。
別にどう思うかはたぶんそれぞれの都合によるものなのでそれはやむを得ない。しかし過去事情は知っておくことが本来はベターかなと考えてしまったりはします。まあ言うまでもなくそんなことは面倒な話でもあるから、押しつけもできませんが。そもそも自分の発言そのものが100%なんでもかんでも正しいとも思ってないので、比較的長いと思われる文章書いているだけに、最後にそれをオチに持ってくることのほうがむしろ質が悪いかもしれないぞ自分。しかも後でちょっと書き直してるし。

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コメント

アナログ時代は物理的な問題と流用という利便性の問題から印刷会社などに保管するのが都合が良かったと思います。
保管する側は独自の方法でコンテンツを保管していきました。これ、データベース化していったのと同じだと思います。それはDTPになってデータでの運用になっても変わらず、大手などのお金を持っているところはサーバでデータベース化していますよね。

出版社と制作を請け負っている印刷会社には都合が良いからそうだっただけで、紙の出版でいうところの取り次ぎや書店である販売側には無縁の管理体制だと思います。
お客を捕まえておくため引き受けていたというのもあるけど、利便性を考えたら囲い込み状態になっていたし印刷サイドもそのためのコストを負担してきた。
週刊とか月刊なんかの短サイクルの仕事を請け負うと、そのクライアント一辺倒だろうから仕事を失わないための保険でもあり自衛策。発注側としても安心材料を与えている側面もあったのかなと。

これをナァナァといわれても仕方ないのかもしれないけど、今回の件は取り次ぎや書店などの販売サイドからその管理体制は疑問だという声が出たから、現場を知らないくせに…という気持ちから反発してしまうのだと思います。

あと、出版社はあくまでも紙を主体とした二次生成物という位置づけで、まだまだメインではないというのもあると思いますよ。本気で電子出版をメインにして最終データの所在がネックになるなら強引にでも引き上げるでしょう。
大事故でも起こして取引停止になればいままでにも版下を引き上げるなんて話はありましたし(笑)
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